翁長雄志(オナガタケシ)さんを沖縄県知事にしよう!矢ヶ崎克馬教授

そろそろアメリカという異民族政府の政治的・軍事的・精神的コントロールから抜け出して『主権』を発揮しませんか?

自らの『個の尊厳』を確保できるようにしませんか?

その突破口が沖縄県知事選挙「翁長勝利」です。

米軍辺野古新基地建設を許さない住民の主権の発揮について訴えます。

矢ヶ崎克馬
琉球大学名誉教授 矢ヶ崎克馬

仲井真現知事は前回知事選挙の直前に、「辺野古誘致」から「県外」へ政策転換し「普天間・辺野古については争点はない」などとうそぶき、2選を果たしました。「県外」は案の定、選挙票目当てでした。昨年末「苦渋の選択」という県民を配慮する言葉もなく「良い正月が迎えられる」と辺野古移設承認をしました。県民を裏切ったのです。

権力に従い、住民の意思を踏みにじって、住民にどのような犠牲が出ようが構わない、という権力政治の実践者に転落したのです。

思えば、戦後日本の政治はアメリカの言いなりから出発しました。1952年4月28日には、沖縄小笠原・北方領土の主権を売り渡す屈辱の講和条約をむすび(安倍内閣は主権回復に日と言い、式典までしました)、同時に日米安保条約を、国民の誰一人に知らせず国会にも諮らず吉田茂首相ただ一人の調印をもって締結しました。

そもそも、首相も県知事も天皇制国家では任命により天皇の意志を実施する機関でありましたが、民主憲法下ではまさに主権者のために、主権者の命と暮らしを守るために政治を行わなければならない位置づけに変わったのに、まったく旧来の大権力の走狗そのままに、日本の首相が「印鑑をつく」という権力行為を行ったのが、戦後のアメリカによる支配の出発点でありました。

恥ずべき歴史ですが、日本の「主権」は最初から仲井真のような人間がいて屈辱の道に入ったのです。

「60年安保」で国民の大半は安保改定反対の意思表示をしました。全ての野党、圧倒的多数の国民が意思表示をしたのです。アメリカはこの「アメリカ支配の危機」を日本の支配方法を抜本的に変えることで乗り切ることとしました。いわゆるケネディーライシャワー路線です。政権党のコントロールはさらに強化し、野党を懐柔し政権党が変わっても日米関係は同じように維持させるようにする。従わないものは孤立させる。実行方法は、労働運動、平和運動、市民運動等々の幹部をアメリカに招待し、学者を特に大量に招待し、厚遇を与え、吹き込んで返す。分断と飴と鞭。その結果政治的共闘、労働運動、平和運動、市民運動はことごとく分断され、分裂し、力を失いました。1980年に、以前は革新共闘として野党がそれぞれ独立に判断し共闘してきた歴史に終止符が打たれました。あらゆる県で知事選など実施されて来た革新共闘は、沖縄を除いて不可能になったのです。

それに対して沖縄の県民の精神はアメリカに支配されず、1972年には復帰を勝ち取りました。住民の運動でアメリカと日本政府の政治枠を変更させた、日本では唯一といってよい巨大な成果です。80年以降も沖縄県は知事選挙でも参議院選挙等でも、政党間の革新的共闘が維持され続けた唯一の県です。

今回の知事選で翁長候補は『保守・革新を超えて』「うちなーのアイデンティティー」を呼びかけています。まさに異民族のマインドコントロールにいつまでも支配されるのではなく、わが県民の主権者としての誇りを訴えています。県民に「主権者としての一人一人の判断」の独立を訴えています。まさに復帰闘は個人個人の主権の発揮でした。

今回の選挙では、新しい形で県民の主権者としての尊厳を訴えています。

翁長勝利で、日本住民の主権を取り戻し、国家の主権を取り戻す突破口にもいたしましょう。

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